平成20年1月12日掲載

今回は江南市の昭蓮寺と本曽寺、犬山の常満寺、正久寺、光陽寺の5カ寺を紹介します。
順不同。     

〔取材協力〕(株)松屋佛壇店

日輪山 常満寺(にちりんざん じょうまんじ) 浄土宗西山禅林寺派 本尊 阿弥陀如来 
犬山市犬山西古券281 0568(61)1127 
定照東安上人が信州善光寺に参篭し、有縁の地を求めて祈念したところ、夢中に「尾張国犬山郷有縁の衆生あり、結縁すべし」「汝が住する処日輪影響あるべし」との教示を受け、正応4(1291)年に一宇を建立。「日輪常に満てよ」が、寺名の由来である。その後、江戸初期慶長元(1596)年、犬山郷士神戸長蔵の一寄進により再建され、濃尾大震災では大災害を被ったが漸次修復、今日に至る。
境内の縮小により「定照院」「桃林院」の支院はなくなった。昨年、本堂や庫裏等は国の登録文化財の指定を受けた。山門は、犬山城松の丸裏門を移築したもの。境内には、中部椿の代表・関戸太郎庵、常満寺椿の原木がある。

●日光山 正久寺にっこうざん しょうきゅうじ) 真宗大谷派 本尊 阿弥陀如来
犬山市橋爪末友38番地 0568(61)1574 
前身を天台宗日光山西教坊と称し、犬山市五郎丸にあった。開基・釈道珍は、各務原市伊木山の城主・伊木長門守正久公の三男で西教坊の住職であったが、永禄3(1560)年6月、本願寺顕如上人の弟子となり浄土真宗に改宗し同公の遺命により寺号を正久寺と改める。慶長18(1613)年、現在地に移った。現在の本堂は、嘉永元(1848)年に再建。昭和42年に本堂内陣の総金箔の荘厳をし、平成17年には本堂屋根瓦の葺き替えと書院を再建した。蓮如上人直筆の二幅の名号と九字名号が、寺宝として伝えられている。

●瑞林山 光陽寺ずいりんざん こうようじ) 臨済宗妙心寺派 本尊 聖観世音菩薩
犬山市今井寺ノ前6 0568(61)0941
平家の落人部落とも伝承される犬山市今井地区にあり、その草創期については不明だが、慶長7(1602)年に犬山瑞泉寺江国和尚を迎え、臨済宗寺院として発展した。途中、火災に遭うも直ちに現在地に再建され江戸末期には、市内でも有数の寺院となった。寺子屋や無料託児所など福祉や教育に尽力した歴代住職の精神は、現在にも引き継がれている。平成15年には開創400年事業が行われ、光陽観音永代供養墓など境内の整備も進み、地域のランドマークとして発展を続けている。

●昭蓮寺(しょうれんじ) 日蓮宗 本尊 久遠の本師 釋迦牟尼佛
江南市木賀本郷町西152 0587(55)2404
通称、祖師堂または番神堂ともいわれ、享保元(1716)年に創立。開山・了道法師=延享2(1745)年寂、開基・檀越勝山武兵衛。勝山氏により三十番神宮が建立され、延享2年に番神堂となる。天明4(1784)年、風雨のため堂宇が大破し再建した。明治初年、神仏分離により祖師堂と改称。同24(1891)年、濃尾大震災により堂宇が倒壊し同42年、現在の堂宇を再建。四高祖の一体(日法作、もと日比津常徳寺奉安)を奉祀する。昭和17年、昭蓮寺と改められた。

●丹羽山 本曽寺(にわざん ほんそうじ) 曹洞宗 本尊 聖観世音菩薩
江南市曽本町幼川添170番地 0587(56)6723
元和5(1619)年、僧南栄により草創され、その後、開山に桂林寺(大口町)5世・堅戚舜豊、再興開山として同8世・報酬祖恩を迎えた。昭和47、53年に9世・大應玄機により諸堂を改修し、現在10世に至る。太平洋戦争時に梵鐘を供出し、伊勢湾台風で鐘楼をなくしたが、平成3(1991)年に鐘楼門として再建された。今後、本堂裏の檀信徒各家の先祖を安置する位牌堂、開山堂の改築も予定されている。
山門前には江戸の終わりごろ、村から家出人が出ないようにと祀られた足留地蔵があり、夏には境内で珍しい蓮が次々に開花、参詣者を楽しませている。

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