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進化させた音色・・・H22.02.20掲載


●大正琴製造、全国に販売
        鰍モそう楽器製作所(大口町) 


加藤社長(左から2人目)と3人の職人
中高年の女性に人気のある楽器、大正琴を作るようになって約30年。大口町外坪にある鰍モそう楽器製作所の加藤英也社長(78)は「日々、究極の音色を求めて製品作りを行っています」。大正琴は大正元(1912)年、名古屋・大須で誕生し、合奏用楽器として広く普及しています。同社は昭和42年、元愛知県職員だった加藤社長が、人生後半は好きなモノづくりに生涯を賭けたいと、当時流行しかけていたギター製造の会社を興しました。2人を採用し製造技術を習得させるために名古屋のメーカーで研修させることからのスタートでした。フォークソングブームも訪れ、作れば売れる時代で、従業員も10数人に。しかし、ブームはあっという間に去り、次の手を迫られた加藤社長。昭和も終わりのころで「これからは高齢者社会になる。高齢者に向いた楽器といえば、楽譜が読めなくても弾くことのできる大正琴だ」。県職員時代の仲間などのアドバイスもあり、たどり着いた結論でした。ギター製造で培った音に対するこだわりを大正琴の製造に生かし、日々音色を進化させてきました。

(株)ふそう楽器製作所製造の大正琴と、「あいち・出会いと体験の道場」応援団認定証
次は販路の拡大です。妻昭代さんが昭和56年に「琴生流」を創流し、翌年、昭代さんが家元となり「菊八重会」を設立。北海道から沖縄まで全国に支部、教室を開き、大正琴の愛好者を増やし、ピーク時の会員数は6万人を超えました。最近は景気後退の波も受け、3万人ほどに減少しましたが、約600人の講師を擁し、最近では全国の小中学校10校ほどに大正琴を寄贈し、弾き方の指導に出向く活動も始めました。また、中学生が取り組んでいる職場体験学習にも協力。10年ほど前から丹羽郡、江南市、犬山市などの中学校の生徒を受け入れており、このほど愛知県知事から「あいち・出会いと体験の道場」応援団認定証が加藤社長の元に届きました。来社した中学生たちには「きちんとルールに沿って作らないと音は出ません。誠心誠意心を込めて作ってください」と指導し、3日間で大正琴を完成させ持ち帰ってもらっているそうです。加藤社長が日々追及している究極の音色とは「澄んでいる。切れがあり、なおかつ余韻が残る音」。現在は3人の職人が、月産100台近くを手作りで製造し、加藤夫妻の厳しい耳を通過した製品が世に送り出されています。